今日は朝から晴れていた。
外は淡い青色で、雲もアニメに出てきそうなくらいもくもくと漂っていた。
朝、下駄箱でとっても格好いいナイスガイな先輩を見かけた。
『ああ、今日はいい日になりそう』そう思った。
いつもは大嫌いな数学も、今日は無難に解くことができたし、大嫌いな英語の先生は出張でいなかったし、 お弁当も今日は大好きなおかずがいっぱい入ってた。
『やっぱり今日はいい日になった』って終わるはずだった。

夜には面白いあの番組だってあるし、ノリコちゃんに借りた漫画もある。
あとは、ノリコちゃんと世間話交わして、のんびり帰宅するだけだった。
ああいい日だったなーって、家でお茶飲むはずだった。
放課後、こんな困ったことになるなんて思いもしなかった。


なんでこんなことになったんだろう。
なんでわたしはこんなツイてないんだろう。
あれ、今日はいい日のはずだったじゃん。
なんで。
なんでベンがここにいるんだろう。
なんで、なんで、なんで?


BEN


なんでか知らないけど今、教室にはわたしとベン二人だけ。
わたしはノリコちゃんの部活が終わるまで待っているのだけど、ベンは何故ここにいるのかわからない。
まあ、ベンは変なやつだから特に理由がなくたって、「なんとなくそんな気分だった」なんて言われたら納得してしまうけど。


ベンは変なやつ。
中途半端で曖昧で、でも決めるとこだけはバッチシ決めてカッコつけてヘラヘラしてる。
何を言いたいかっていうと、今はベンみたいな性格がうける時代で、多くの女の子がベンを好きで、恋としての感情はもちろん、お友達としても、ベンのことがみんな大好きなんだ、ってこと。


そんなベンが自分の席に座っていて、わたしも一番前の自分の席で、ちょうど見かけた吉本ばななのキッチンを読もうとして開いたまんまでいる。

たぶんベンはわたしのことには気づいてる(だって後ろから見えるしね)、で、わたしもベンに気づいてる。
っていっても、ベンと二人きりだって気づいたのはつい5分前。だから、ベンがもし30分前から教室にいたとしたらそれはわたしがひどく鈍感だってことかもしれない。

もちろん、会話なんてなくって、大勢でいても基本わたしはベンと話はしないし、ベンもノリの悪いわたしには、あまり話し掛けなかった。
そんな感じでたぶん、おそらく、クラスで1番ベンと関係の遠い人はわたしだと思う。


ベンは、ベンなんていう名前じゃあなくって。
本当は、渡辺翔太なんていうとてもありふれた名前をもっている。
でも、ベンは昔からベンって呼ばれていたみたいで、今じゃベンって呼ばない人なんて私以外にはいない。


ベンはカタカナで書けばそれなりにいい名前だけど、ひらがなで書かれた暁にはださくってしょうがない。
べん、なんてね。
でも本人はカタカナも納得してないらしくって、BENなんて格好つけて書いたりとかしてる。
うん、とにかくベンはそんなやつ。


遠い存在のわたしは、いまだって渡辺くんどまりだ。
というか、名前を呼ぶ機会なんて少ないから、女子の間で話すときだけちらっと言うだけ。
ただ、心の中だけは、ベンって呼んでる。
あ、でも違うよ。ベンって呼んでみたいからとかじゃない。
仲良くなりたいとかそんなことだってちっとも思わない。
ただ、呼びやすいから言ってるだけ、ただそれだけ。


こういう、なんだかどうしていいかわからないような場面に限って、
だあれも教室に戻って来ない。
いつもなら、忘れ物取りに来る人とかもいるのに、今日に限って。
これは確実に嫌がらせだ、そうだ、絶対そう。


ベンは野球部で、身長はあまりおっきくないけど、運動神経だけは抜群で、勉強は歴史だけすごく得意で他がまったく駄目。
ベンのまわりにはいつも、女子も男子もあふれていて、笑顔がまぶしかったりする。


ベンはいつもふざけているけど、実は筋の通った信念を持っていて、人と話すときは、吸い込まれてしまいそうなくらいまっすぐに、相手の目を見て楽しい話をしてくれる。(って女子の間で評判がいい)


まさか。


わたしが知ってるベンについての少ない知識の中ではそんなことちっとも記憶されてない。
むしろベンは、やけにシャイで常になんとなーくでケラケラ笑って、くだらないことばかり喋って、どうでもいいことばかり考えて、真剣な話のときだって、人の目を見ないでヘラヘラしてるだけの人だと思っていた。
どうやらそれは、全く違うらしい。


じゃあ、なぜ?
なぜベンはわたしと目を合わせてくれないの。

わたしのことが、きらいだから?
ちっとも、しゃべったことがないから?


係の関係で、先生から生徒への伝言をわたしはよく頼まれる。
ベンに伝えておいて、と先生にいわれるたび、わたしは嫌だなあと心底思う。
ベンはわたしと目を合わせないで、そそくさと逃げてしまうから。
おう、だとかあーなんて小さい返事だけのうわべ返事だけで、他の人とのおしゃべりに夢中なんだ。
少しくらい、耳を傾けてくれたっていいじゃない。
こっちは、係の仕事をやらされているだけで、自ら進んでやってるわけじゃあない。


どんどん、こうやってベンのことを考えるたびに、ベンのことが嫌になっていく。
だから、なるべくかかわらないようにしてきたのに、教室で放課後二人きりとか、不意打ちというか反則というか、とにかく困る。


ノリコちゃんの部活が終わるまで、終わるまで。
それまでのシンボウだ、なんて思ってたのに、また、こういうときに限ってノリコちゃんは部活が無かったらしく、先に帰ってしまったらしい。(今メールに気づくとか遅すぎて正直笑える)(いや笑えない)


こうなったら、ベンが先に出ていってくれるのを待つしかない。
なんだか今更ベンのほうを見向きもせずに教室を出ていくのは流石に無理がありそう。
でも、挨拶する仲じゃあないから、そういう面倒なことはすべてベンに任せてしまえばいい。



ガタンって音。
机と椅子の音。
ベンだ。ベンが立ったんだ。やっと帰れるんだ。

晴れた夕方の風はとても涼しい。
窓が全開だということを、今思い出した。
それほど、わたしは今までベンと二人きりで、緊張していたのかもしれない。



ベンの足音。さよならばいばいまたあした、ベンの足音。


やけに軽快なわたしの心とは裏腹に、
ベンの癖のある引きずったような足音がどんどん近づいてきた。
まさかね、ベンはもう帰るだけなんだから。
そう思い込んでもそれは違うと、耳と目がわかってる。
確実にそばに寄って来る。
わたしの耳と目に入ってきた。
その足音と、ベンの足。



ベンは言う。
わたしの目の前で。
それも、ひどく切羽詰ったような声で。


「じゅう、秒前だ」
「え?」

はじめて、しっかりとベンと目を合わせたような気がする。
なんでも素直に映し出すベンの真っ黒な瞳にはひどく不安そうなわたしの顔が写っている。
ベンは、10秒前と言った。
それが何なのかなんて説明がなくて、ただでさえ近いって言うのに、ベンはさらに近寄ってくる。(ありえない、近い、ありえない、ベン、近いって)


「じゅう秒前」
「ええ?(だから何が)…」

わたしは、近寄ってくるベンを手で制した。
わたしはか弱い女の子じゃあないから、握力もけっこうあって力も普通よりあると思う。
でも、ベンはいくら小柄でも男は男で、わたしなんかじゃきっといざとなったら振り払われるだろう。


ベンは目をそらす。
でも、わたしの知ってるベンじゃあない。
自信に満ちたベンだ。これが、みんなが知ってるベンだ。



「渡辺くん、ちょっと…どうしたの。」
「BENって呼んでよ」


ベンはわたしの質問には答えてくれない、そのかわりまっすぐわたしを見つめてくる。
黒目が大きい、案外おっきな目。日焼けしたベンの肌。


「渡辺くん、どうしたの」


ベンの目は、綺麗だと思う。
ベンの髪の毛は、坊主頭なんだけどなんだかちょっとお洒落に決まってる。さっぱりしててすごく爽やかだ。なんて、冷静に考えている場合じゃなかった。どうしよう。




「10秒前」
「…なんの?」


さっきからベンは10秒前だと言う。
それがなんの10秒前なのか、わたしにはわからない。
わたしの心臓が動いている。いつもより何倍もはやく。




ベンはわたしの手を押しのけた。
そしてそっとわたしの肩に手を乗せて、平然と、当たり前のことのように言う。


「キスする10秒前」
「…は?!」


ベンは本気のようで、強い力でわたしを押さえつける。
もう、完全に動けない。


「きゅう」
「ちょちょ、ちょっと、え、渡辺くんてば!」


わたしの言葉には耳を向けず、カウントダウンとともに、
ベンはわたしに近づいてくる。


「はち」


椅子に座ってただ驚いて固まっているわたしと、
立って、わたしを押さえつけて近づいてくるベン。
小さく響く、ベンのカウントダウンと外の車の音や人の声。



「さん」

「にい」

「いち」





ベンは一瞬、わたしにキスをしてそしてさっと離れた。
ベンの手が置かれていたわたしの肩は、湿っている。



ベンのことがみんな大好きなんだ。
それは充分承知してる。
わたしのような例外もいるけど、それは本当に珍しいことだってわかってる。


そんなベンとわたしは、今、教室で、放課後、二人きりで     。




「ばかばかばかばか、ベンのバカ」

言ってから気づく。
わたしはベンをついにベンと呼んでしまった。
自分で自分を責めたくなって急に恥ずかしくなる。
ベンも、とても驚いた顔をしてわたしを見ている。

今まで、自己紹介やクラスみんなの前で何度も BENって呼んで と言ってきたベン。
わたしはそれをことごとく無視して、渡辺くんで通していた。
ベンの話題が女子の間で出たって、渡辺くんと呼ぶように気をつけていた。
それなのに、つい、つい、つい、本人を目の前にして、しかも、あんなことがあってすぐ、呼んでしまうなんて。



「わ・・たなべくんの、ばか」
「BENでいいってば」

ベンはわたしの後ろの席に腰かけた。


「なんであんなことすんの」
「…ごめん」
「ひどいよ」
「だって…我慢したけどさ」
「突然すぎるんだよ」
「だって、さー」


あーあ…
今までわたしが、大事にしてきたはじめてのキスは、クラスで1番遠い存在のモテる男子にとられてしまったうえに、それも突然で、しかもひどくムードがなくて一瞬すぎてなんの味もしなかった。


「渡辺くん、誰とでも、いつでも、できるじゃん」
「なんだよそれ」
「モテるから」
「モテないよ」
「わたしは、渡辺くんとは違うのに」
「…ごめん」
「ファーストキスの相手と将来結ばれるって言い伝えを守ろうと思ってたのに」


わたしがそう言ったとたんに、ベンは え? なんてマヌケな声を出した。
そして突然嬉しそうに笑った。

「俺、浅田さんのファーストキスの相手?」
「…言い伝え守れなくなったよ馬鹿ー渡辺くんさいてー」

ていうかなんで笑うわけ、ひどいよばかー
最悪だよーせめてもうちょっとましなムードでしてよー…
なんのために今までファーストキス守ってきたと思ってんの…
ばかばか…笑うなよーこのモテ男やろうー…


なんてわたしが半泣き状態で言ったら、
ベンはひどく申し訳なさそうにあやまった。


「ごめん。…でも、すげー嬉しいもん。」
「嬉しいってなんだよーアホー」

ベンは本当に笑顔がまぶしいと思う。
それは今も、出会った当初もそうで、印象が悪くなる一方で、笑顔だけはいつも輝いていると思っていた。

でもわたしは、はじめてのキスをベンに奪われたショックと、恥ずかしさと驚きでそんなことどうでもよくて、とにかく本当に恥ずかしくて。
その反面ベンは嬉しそうに笑うもんだから、余計恥ずかしくなって、ベンのことが嫌だーなんて気持ち、いつのまにか忘れてた。



「嬉しいとか、わけわかんないし、渡辺くんもわけわかんないし、吃驚だし、はつちゅーの伝説もこんなんじゃ絶対守れないし、だったら、ひとしとしちゃえばよかった。」


わたしが小さい声で、しかも半泣きで言うもんだから、
ベンはやっと笑うのをやめてくれた。


そして最後に、悔しいくらい真顔で真面目な声で、

「俺、浅田さんのこと好きだよ。すげー好き。」

なんて言って、そんで逃げちゃうもんだから、もう完全に、ベンに対する嫌な気持ちなんてなくなってしまったよ。


「ひとしって誰だよ」

って走りながら叫ぶベンの姿を見て、なんでみんなベンを好きなのか、わかった気がした。
あくまでも、気がしただけで、わたしはベンのことなんて嫌いじゃないけど好きじゃない。




うそです。
完全に、この日からわたしはベンの虜でした。

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恥ずかしい。ベンは好きなんだけど、文がまとまらなくて恥ずかしい…。
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