確実に加速していく。
CHOCO
ねえ、チョコ選ぶの付いてきてくんない?
そう、ノリコちゃんに言われてついてきたチョコ売り場。 バレンタインデーが翌日に迫っている今日は、大勢の女性のお客さんでにぎわっている。 ノリコちゃんは、お付き合いをしている先輩に。 そして、わたしにも友チョコをくれると言う。
「ねえ、わたしもノリコちゃんにチョコあげるよ」 「えー、無理無理。駄目だって、あたしベンに恨まれるよ〜やめてやめて!」
ノリコちゃんはサラリとそんなことを言ってのけた。 意味わかんない、何言ってんの?とか言いたい気持ちもあったけど、それでも結局何もいえなくなってしまう。ノリコちゃんの言っていることの意味が、わかっているから。
渡辺くんと整備委員になってすでに数ヶ月が過ぎた。 毎週金曜日には、放課後の教室で渡辺くんとふたりきり。そのうち慣れる、と思ってたのに、今でもわたしは緊張してしまう。渡辺くんは最初、わたしをまったく見なくて、すごく気まずい雰囲気が流れていたけれど、今は不思議なほど普通に喋ってくる。 不覚にも、渡辺くんの話す内容にクスクス笑ってしまったりする。恥ずかしい。 ベンって呼んでよと言われて、それでもベンと呼ばないように気をつけていたのに、今はもう渡辺くんと呼ぶことに慣れて、心の中でもベンと呼べなくなってしまった。 これもまた、なんとなく恥ずかしい。
「ねえ、このチョコいいよね」 「うん、いいと思うよ、おいしそう」
ノリコちゃんは、1500円ほどのチョコを手にとった。本当は、手作りチョコをあげたいんだけど、でもあたしが作ったチョコはまずそうだから、先輩の口に入れるには申し訳ない!だとか、なんとか言って、ノリコちゃんは手作りを断念したみたい。 でもでも、きっと先輩は手作りのほうが欲しいだろうなあ。まずくたって関係ないのに。 その言葉が、喉まで出かかってわたしは必死に止める。 わたしはさっきから、緊張してる。おかしなほどに。
「ところでさあ」
会計を済ませたノリコちゃんはわたしに詰め寄った。 来た。いやな予感がする。
「ベンにチョコ、どうすんの」
やっぱり。
わたしはノリコちゃんからのこの言葉が怖くて、ずっとずっと緊張してた。 手作りチョコの話も、自分に返ってきそうな気がして、言うのをやめた。 さっさと逃げて帰ろうとかまえていたのに、結局ノリコちゃんに聞かれてしまった。 ベンにチョコ、どうすんの。と。
「どうもしないよ、あげないよ、べつに」
そっけなく答えたつもりだけれど、声が上ずっているような気がする。それは気のせいであってほしい。よくよく考えてみれば、わたしが動揺する必要は一切ないのだ。うん、関係ない関係ない。
「あーあーあー、ベンかわいそすぎるかわいそすぎる、ていうかさーあたしにチョコあげるくらいならベンにチョコあげなさい。いいじゃん。バレンタインの日なんてさあ?明日、金曜日じゃん、ちょうど整備委員ある日じゃん。ベン、絶対待ってるよ。あ、そうだ、手作りにしてあげなよ。ベン喜ぶよ〜」
畳み掛けるようにノリコちゃんはそう言って、けらけらと笑った。 ノリコちゃんは、渡辺くん関係になると途端に意地悪になる。わたしをいじめてくる。 手作りチョコの話も、結局言われてしまった。なんていうかもう、それノリコちゃんもじゃんかと言いたくなる、けどそんなこと言ったらもっと意地悪を言われそうな気がして我慢をする。
ノリコちゃんが買った1500円のチョコや、有名な板チョコ。ふわふわのチョコ。ちょっと値段が高い生チョコ。入れ物が豪華なチョコ。お酒入りのチョコ。色とりどりのチョコを、わたしはギロリと睨みつけた。バレンタインなんて、面倒くさい。
「浅田さん。今日は俺燃えるごみ、やだよ」 「えっええ、ずるいよ」 「だって俺のほうが圧倒的に燃えるごみ率高いじゃん、8対2くらいの割合でさあ」 「そんな、渡辺くん過去のこと持って来るなんてせこいよ、ていうか7対3くらいだよ」
最初の5回くらいまでは、渡辺くんが「俺燃えるごみね」なんて言ってくれていたのに、最近はわたしと渡辺くんで、燃えるごみの押し付け合いが行われる。放課後の教室の隅っこで。 なんで、燃えるごみがいやなのかっていうと何かとくさいからだったりする。 だいたい、みんながちゃんと分別できているはずもなく、食べ物のごみがたくさんあって、とにかくタチの悪い燃えるごみ。そして、それを渡辺くんはわたしに押し付けるのだ。ひどい!
じゃあさあ、もうジャンケンでいいじゃん。 えーわたしジャンケン弱いよー。 大丈夫こんなのは強さなんて関係ない、運なんだからさあ。 そんなこと言ったって。 はい、はい、じゃんけん。 えー。 出さなきゃ負けよー。 ちょっとまってよー。 出さなきゃ負けよーじゃんけんほい!! …えー!!
…結局ジャンケンで負けてしまい、わたしが燃えるごみになってしまった。 うくく、なんて笑って渡辺くんは余裕で分別チェックをはじめる。
バレンタインのチョコのごみが渡辺くんのごみ袋に入っていて、どきりとする。 ちらりと渡辺くんを見るけど、渡辺くんはいつもと変わらない。 渡辺くんは、チョコいくつもらったのかなあ。…なんて、そんな疑問は、口に出せるはずがない。 それにしても、今日の燃えるごみの放つ悪臭はいつもよりひどい。
「浅田さん、聞いてよ」
結局、たちの悪い悪臭を放ちまくる燃えるごみの分別を、渡辺くんは途中から手伝ってくれることになった。たくさん出てくるチョコのごみに、わたしはいちいち緊張する。
「さっきさあ、俺、青木と喧嘩しちゃったんだよね」 「え、なんで?」 「まあ、仲直りはしたけどさ」 「何で喧嘩してたの?」 「なんだと思う?」 「…青木くんの弁当を渡辺くんが勝手に食べた」 「うわ、俺そんなキャラじゃねーよ。びっくりさせんなよー。つうか、青木が浅田さんのこと俺がもらうねーって冗談で言ってて。俺は冗談でもそこは許せなかったわけさ、そんだけ」
あーていうかまじごみくせぇ。クククと、肩を揺らしながら渡辺くんは笑う。 わたしは、さっきの言葉になんて反応すればいいのかわからない。 渡辺くんは軽くあんなことを言ったのかもしれない。それでもわたしは、頭がくらくらするほどに心臓がドクドクと音を出す。渡辺くんのそばにいると、わたしは長生きできそうにない。
「浅田さんはさあ、ひとしって人と付き合ってたんでしょ?」 「あー、うん…でも、随分前だよ」 「でもさあ、俺は気になるわけ。浅田さんは知らないかもしんないけどさー、俺はさあ、浅田さんがひとしってやつと前付き合ってたって話、聞いただけでさあなんつうかあーそうなんだーって気持ちと一緒にさあ、なんか知りたいわけ。やきもちっていうんじゃあなくてさあ、俺の知らない浅田さんをもっと知りたいっつうかさあ、うーんまあそういう感じ。で、だ。こうさー、俺ばっかりいつも喋ってるからさあ、少しずつでもいいから浅田さんからもなんか話を聞きたいなあと、最近常々思うわけ。つまんなくたっていいよ。兄弟がいるとかさあ、俺、周りのやつらから聞いた浅田さんの情報ばっかり多くてさあ、うん、前よりも喋れるけどさあ、うーんでもなんか…変わんないじゃん。」
ごみ置き場までの道のり、渡辺くんはすらすらと言葉を並べてくる。渡辺くんは、おしゃべりがうまい。これはきっと生まれもってる才能だと思う。なんだか、渡辺くんの話を聞いていると頭がぐるぐるまわって、気づくとわたしはケラケラと笑ってたりする。おかしな感じ。 そんな渡辺くんが、ちょっと冗談まじりで、でも真剣に喋る内容はわたしをさらにおかしな感じに巻き込んでいく。渡辺くんの、独特の喋りのリズムにつられてわたしも喋りだしてしまう。本当に、おかしな感じ。
「渡辺くん」 「んー何何」 「…ベン」 「…何?」 「……。やっぱ、渡辺くんって呼ぶほうがいい」 「えーほんと?何それ。まあいいけどさあ。別に何だっていいんだよ実は。呼ばれ方なんてさあ。苗字で呼ばれるの、俺好きじゃなかったけどさあ、今はもう苗字で呼ばれるの、全然好き」
ていうかさあ、明日みんなに言うよ俺。ちゃんとごみ分別して綺麗に捨てろって。ほんとみんなさあ、あれはひどい。制服くさくなったらどうすんだよ。ああ、ファブリーズがあるか。でもさあ、そういう問題じゃねえよ。うん、なんかさー俺ってけっこうえらいかも、生徒会長立候補しよっかな。意外に俺みたいなのって、男子らのおふざけとかで票が集まっちゃったりすんだよねー。ね、案外そういうもんでしょ?あー、ていうか俺喋ってばっかだよ。駄目じゃんね。
なんてまた、独特のゆったりとした不思議なリズムで渡辺くんは喋る。喋り終わったら、クククと笑う。渡辺くんの、この雰囲気。癖になる。何度見ても、思わず笑ってしまう。
「…ひとしは、高校頭の良いとこに行きました。たった数ヶ月のお付き合いでした。休日に会うことも全然無かったし、あってもテスト前に図書館で勉強とかちょっとマクドナルドとか、そんなもんで。でも、本屋は何度も行ったかなあ。放課後、本屋で待ち合わせをするの、あーでもね、本屋で待つって言ったって、ただお互い中で好きな本立ち読みして。ひとしが来ても、わたしは立ち読みを続けたし、ひとしもおんなじ、自分の好きな本だけ読んで。で、一通り読んでつまんなくなったらちょっと話してそんでそのまま本屋の中でじゃあまたねーって。だからね、ほんとお付き合いなんて感じしなかった。クラスメイトにだってちょっとの人にしかばれてなかったし…うん、こんな感じ」 「…へえ。なんか突然過ぎるよ浅田さんてさあ。だって今俺、生徒会長の話してたよねえ。なんかすげーなあ浅田さんて。うん、なんか壮大だと思う。何がって全部が。」 「渡辺くんは、喋り終わったあとクククって笑うのがすてきですよ」 「えー、俺そんな笑い方しないし」 「するするする。今日だって何度も見たもん」 「すげー恥ずかしいじゃん俺。何そのクククってさあ」 「…ほらまた!今もクククって笑った」
笑ってないってー。 笑ってるよー。いつもいつもクククって。 そんなのさあ、俺わかんないけど。でもあれじゃん。浅田さんがそばにいると、無意識のうちに笑っちゃうのかもしんないけどさあ、でも俺はそんな笑い方はしてないって。 えー、してるよ。渡辺くんのクククって笑い方、わたし好きだもん。 あー、そうなの?ならいいや。俺はクククって笑います。俺も浅田さんの笑い方好きだよ。あーっていうか、浅田さんが好きだからさあ、なんだっていいよ。
こんな会話が、いちいち嬉しい。 渡辺くんのそばにいるのが、すごく楽しい。そしてやっぱり、渡辺くんはずるい。
「渡辺くん、チョコいりますか」
ごみ捨てを終えた教室で、わたしはカバンのそこにある渡辺くんへのチョコをぎゅっと握りしめてそう言った。ノリコちゃんに対抗するようで、嫌だったけれど1600円で、ノリコちゃんのものよりおいしそうで100円高いチョコ。手作りは、本命チョコって思われそうで嫌だったから市販のチョコ。 渡辺くんの返事が怖いから、わたしは顔をあげられないままチョコを上に出す。
わたしの手に、渡辺くんの手が触れた。 顔をあげると、目の前でわたしのチョコを持った渡辺くんと目が合った。 何か言葉を言わなきゃと思うのに、心臓の音が邪魔をして結局何も言えなくなる。 渡辺くんの黒い瞳。渡辺くんの手が触れた場所、じんじん熱くなる。
わたしは、渡辺くんのことを好きなんだと思う。でも、まだ認めたくなくて。 だから、まだ本命チョコはあげることできないけれど、わたしは義理チョコに1600円も出すような性格じゃないことも確かなんだよ。なんて、言えないけれど強く思った。
渡辺くんが、何か喋りだす前にわたしは笑った。渡辺くんも、クククと笑ってくれた。
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ベンが好き好き言ってて気持ち悪いよね。いい加減浅田もあれだよね。ていうか、ベンってこんなキャラだっけ。うわーどうしよか。困った。 20050215
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