はしゃいだ女子の話し声が耳に入り込んでくる。10月のなんともいえない、微妙な季節。 文化祭も体育祭も終えて、ほっと一息しているこの季節。 あ、あした、美術あるじゃん、やだな。 心の中でつぶやいて、予定黒板から目を離した。気づくともう、クラスのほぼ全員が教室を出ていってしまっていた。かばんが全く見当たらない。電気も消されている真っ暗な教室。 そろそろ帰ろう。 立ち上がって、かばんを持つ。いすと床がこすれる音がした。 この音はうるさいから好きじゃない。落書きだらけの自分の机を見て少し呆れる。好きな芸能人の名前や絵が適当に描かれている。明日、消そう。あまりにも、見苦しい。 あのさあ。 突然、後ろから声が聞こえた。男の人の声。もう、誰も残っていないと思っていたけどまだいたんだ。 「あ」 思わず声をもらした。松本貴文くんだ。 そういえば、昨日の席替えで松本くんはわたしの後ろに決まったんだっけ。すっかり忘れていた。 暗い教室で、よく響く男の人の声。大きくて聞きやすい松本くんの声。 すっと、冷たい風が開いた窓から入ってくる。日直の人、窓閉め忘れてるんだ。 「…篠田って初恋、いつ」 「初恋?」 松本くんの突然すぎる質問に動揺してしまう。 「それ。いつ」 一気にわたしの心臓の鼓動がはやくなっていく。 どくんどくんどくんどくん、お疲れ様、大事なわたしの心臓さん。 座っている松本くんが立っているわたしを見る。その目は、少しだけ上目遣いになっていて、なんだかドキドキする。あんまり大きすぎない奥二重の目。少し細めの眉毛。長いまつげ。やっぱり、とてもドキドキする。 「小学校・・かな」 「うん」 わたしが答えると、すぐに松本くんは『うん』と言った。その『うん』はいったいどんな意味なのかわたしにはよくわからなかった。 窓から入る風が冷たく通り過ぎて、鳥肌がたった。そういえばわたしはまだ、夏の制服を着てたっけ。松本くんはもう、冬の学ランを着ている。あったかそう。窓を閉めよう、風邪ひいちゃう。 「サッカーが上手で、足が速くておもしろいやつ、だろ?」 窓は閉めたはずなのに、カギまでしっかり閉めたはずなのに、それなのに風が通った感じがした。松本くんが、あまりにも的確に。わたしの初恋の人を言い当ててくるから。 窓を閉め終わってそのまま、振り向くことができなかった。 「秋吉健治だろ」 平田くんは少し、声のトーンを小さくした。秋吉…健治くん、か。目を思い切りつぶった。小学生の頃の風景が頭に浮かんできた。まだ、何もよくわかっていなかった頃だった。男子と女子が関係なく仲良く喋れていた頃だった。 「おれも、初恋、小学校」 あの頃の松本くんを思い出して思わず笑ってしまった。今より太っていて、まだ声が高かった。よく、けんかをした。 「失恋っぽいけどね。」 松本くんはため息まじりにそう言った。今、どんな表情をしているんだろう。小学生の頃の松本くんの顔と、今とじゃ全然違う。面影は残っているけれどとても格好よくなった。 背中に、人の気配を感じた。松本くん。 小学校の頃もよく、わたしの後ろにまわってきていたずらしてた。そのたびにわたしは怒って、結局松本くんに泣かされた。 「秋吉は、お前のこと好きだったよ」 「そんな、そんなことあるわけないよお」 まさか、秋吉くんがわたしのこと好きだったなんてありえない。秋吉くんと松本くん。当時の2人はいつもライバルだった。運動も勉強も2人とも同じくらいできて、面白くてとっても人気者だった。秋吉くんは、とても優しかった。松本くんに泣かされたわたしを、いつも慰めてくれた。 「でもおれは、もっと好きだった。お前のこと」 後ろを振り向くと、目を細めて優しく笑う松本くんがいた。きっと、わたしの顔も笑っていたと思う。 「松本くん。わたしが好きだったのは秋吉くんじゃなかったよ」 あなただよ。 そう、言わなくてもきっと伝わった。 -------------------------------Fin. なんだこの雰囲気。はずかし!きゃー!20031003
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