冬は好きじゃない。 モノクロ ひとりきりの帰り道、すごく、すごく寂しくなる。 春も、夏も、秋もそんな風に思ったことないのに、冬の帰り道はいつの間にか寂しくて、全てが白黒の世界に見える。 「野田くん」 わたしの席は1番前で、野田くんの席は1番後ろ。同じ列。 振り返ると、目が合って野田くんは照れたように笑う。子犬みたい。 「野田くんは、帰らないの?」 「佐野さんは?」 冬の帰り道は、寂しくなるからなかなか帰る一歩を踏み出せない。なんて言ったら、野田くんは呆れるかもしれない。 大好きだった冬が、嫌いになって2年目。 返事に困って曖昧な笑みを浮かべると、野田くんは不思議そうな顔をする。 やっぱり、子犬みたい。 「そっち、行っていい?」 野田くんは一番後ろの席から言う。 嫌だ、なんて言ったら気まずくなりそうでわたしは小さくうなずく。 野田くんの癖、少し引きずったように歩く。 野田くんはわたしの後ろの山内くんの席にヒョイっと座った。 野田くんの顔が、近くに来すぎて驚いた。 目を合わせるのが恥ずかしくて、顔を上げられなくなる。 「の、だくん、あの、やっぱ…近い…です」 野田くんがわたしを好きだと言ったのは、こんな風に人がいない静かな秋の帰り道だった。 あの日から、野田くんがそばに来ると、心臓がどきどきして落ち着いていられない。 顔を、上げられない。 「あと3つ後ろ…」 ごめんなさい。でも、そうじゃないとわたしは逃げ出してしまう。 野田くんが近いと普通に喋れない。あの日から。 野田くんは無言で山内くんの席を立った。 怒ってるかな?そう思って顔を上げると、野田くんは山内くんの席から3つ後ろの席で「うわ、青木の席、すげー落書きばっかじゃん」なんてケラケラ笑ってる。 一気に遠くなった野田くん。だんだん暗くなってくる空。 冷たい空気。冬の空気。 やっぱり、冬は好きじゃない。 去年は、さくらちゃんが毎日一緒に帰ってくれた。 でもさくらちゃんはこの前、ずっと片思いだった人と両想いになれて毎日その人と帰ってる。 「和美?大丈夫?一緒に帰ろうか?」 そう、さくらちゃんがわたしを心配してくれたけど、そんな風に甘えることなんて出来ない。 もう、忘れなきゃいけない。冬だってこれから何年も過ごさなきゃいけない。 乗り越えなきゃいけない。 「野田くん」 「ん?」 「やっぱり、もう1つ前…がいいです」 だってこんなの寂しいよ、野田くんが遠くに感じて寂しいよ。 わがまま言って、ごめんなさい。 「佐野さん、何かあった?」 野田くんは、青木くんの席から1つ前に移動した。 わたしと野田くんの距離、少し縮まった。 何もないよ、ただ冬が嫌いなだけ。それだけなのに、目の前が色を失っていく。 「野田くん」 野田くんは何も言わずにこちらを見て、静かに話を聞いてくれる。 よかった、野田くんは白黒じゃない。 亮太は、わたしの話をなかなか聞いてくれなかった。 わたしは話したいこと、いっぱいあったのに。 「昨日、犬を見たの」 「いぬ?」 「野良犬。首輪が壊れかけてて、すごく寂しそうだった」 冬の帰り道、わたしの目にうつるものはすべて白黒。 わたしの目をしっかり見つめてくるこの犬も白黒。 寒そうに体を震わせて、降ってくる雨に必死に耐えているこの犬も、わたしと同じなのかな。 ごめんね、わたし傘1本しかないの。 犬に向かって喋っても、返事をしてくれない。わたしの目をじっと見詰め返すだけ。 「佐野さん、犬好きなの?」 「にがて」 亮太は犬が嫌いだった。犬も、亮太のことを嫌いみたいだった。 亮太は犬を見るとすぐに機嫌を悪くした。その度にわたしは、悲しくなった。 「わたしは、その犬を見て犬もわたしを見てて、わたしばかり傘をさしていて犬はびしょぬれで、わたしはそこに傘を置いたの。その犬に何もしてあげられないから、せめて、その寂しそうな犬がわたしのもとから見えなくなるまでわたしも傘をささずにいようって。」 「…ほんと?寒かったでしょ」 「犬のほうが寒そうだったから」 「佐野さんは、優しいね。でも、馬鹿だ」 「うん、馬鹿だった」 わたしの目には、白と黒しかうつらなかった。犬も、白黒だった。 帰り道、白黒の世界の中で何度も何度も立ち止まりたくなった。 冬は、寂しくて悲しい季節。あのとき、枯れるほど泣いたのにまだわたしは涙が枯れてない。 「佐野さん、風邪ひいても知らねえよ」 「いっそ風邪ひきたいな」 「駄目だよ。風邪甘く見たら」 今日もあの犬はいるのかな。今日は雨が降っていないけど、それでもあの犬はきっと震えてる。 寒さと寂しさで震えてる。あの場所にいなくても、どこかできっと震えてる。 亮太はどうしてる?亮太に捨てられたわたしは今でもこうして引きずっているのに。 亮太は、きっと今も犬を見ると機嫌を悪くして、勉強も嫌いだって言いながら良い点数とって、ゲームしたり漫画読んだり彼女と仲良く帰ってるよね。 わたしはあの日のままなのに。 「野田くんなら、どうする?」 「俺?」 「寂しそうな犬、雨にぬれて震えた野良犬を見たらどうすればよかったの?」 帰りたくない。誰も居ない冬の帰り道、すごく切ないから。 亮太のこと、頭に浮かんで苦しいから。 あの日のように、苦しくて悲しくて悔しくて涙があふれそうになるから。 「佐野さん」 いつの間にかわたしの目の前にいる野田くん。子犬みたいな目。優しい目。 「俺は、抱きしめる」 「…抱きしめる?」 野田くんは、きっと犬が好き。だって野田くんの目、優しすぎる。 抱きしめられると、きっとその犬もあたたかい、寂しくないね。 こんなに簡単に答えが出たのに、わたしは何もできなかった。 ごめんなさい。 「違う。俺は、びしょぬれの佐野さんを抱きしめるよ」 暗くなるからはやく帰ろ、な? 野田くんはそう言って、わたしのかばんを持って歩き出した。ゆっくりと。 わたしが、冬を嫌いになって2年目。 亮太のことを忘れられないわたしは、2年前の冬のあの日のまま変われないでいる。 でも、野田くんがそばにいれば、世界は色を持つことが今日わかった。 --------------------------------fin. (なんだか女の子が良くないねえ…、現実感ゼロ)20041115 |
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