さかのぼること5年前。
あの日は大ぶりの雨だった。あのときは二人とも少し湿った制服だった。

「ねえ藤井」
「なんだよ」
「付き合ってほしいんだけど」

藤井は携帯をいじってた。藤井はわたしのことを見なかった。
わたしは化粧が濃かった。髪型が崩れかけてた。

「あーうんいいけど」


no title love story


何言ってるの藤井。ばっかじゃないの。誰があんたなんかを好きになると思ってるの。

こう言うはずだった。ただあまりにも藤井が即答で、しかも予想外の返事だったからつい言い忘れてしまった。

誰がおまえなんかと付き合うかよ。そんなの世界で俺とお前の2人だけになったってごめんだね。

こんな感じで返ってくると思ってた。それなのに藤井の口からは正反対の言葉が返ってきた。 藤井は冗談で言ったのかもしれない。

は、本気にすんじゃねえよ。俺がお前なんかと付き合うわけないだろ。うぬぼれんな。ばあか。

こうやってすぐに笑うつもりだったのかもしれない。 藤井はわたしをからかっただけだったのかもしれない。 それなのにわたしは心の奥からどんどんあふれてくる気持ちを隠すことが出来なかった。

「なに お前顔赤くなってんの」
藤井はあのとき、わたしをちらりと見て笑った。
こいつ 本気にしてるぜ馬鹿だなあ。そういう笑いだったのかもしれない。



藤井の好きなタイプはおしとやかな人だって聞いた。
藤井の好きなタイプは目がすごく大きい人だって聞いた。
藤井の好きなタイプは思わず抱きしめたくなる人だって聞いた。
わたし、1つも当てはまっていない。全然、全然藤井の好きなタイプじゃない。 わたしなんてがさつだし、なんでも適当だし、面倒くさがりやだし、目だって人並みの大きさしかないし、 抱きしめられたら思わず昔習ってた柔道の技かけちゃうような性格だし、 料理だって下手だし、掃除だって大嫌いだし、自分勝手だし、朝起きれないし、短気だし。 わたしが藤井だったら、即ふってしまいたくなるほどとりえのない女。


「沢口さん、沢口さん」
「なんですか藤井さん」
藤井の整った眉毛。自然に溶け込んでしまいそうな横顔を見る。
こうやって藤井の顔を見てきてもう5年。長いようで短かった。

「おまえ おれのことすっげ 好きでしょ」
「は」
「おまえ おれとけっこんしたいなとか 思ってんでしょ」
「は」
「おまえ おれがいなきゃ 生きてけないでしょ」
「は」
「素直に認めろよ」
「は」
「素直になったら いいもんあげるよ まじでいいもんだよ」
「は」
「もうねえ お前感動で泣くかもね」
「は」
「つうかあの お前俺に告った日以上に顔赤くするかもね」
「は」

あぐらをかいてる藤井。わたしの隣にいる藤井。わたしの顔より高い位置にある藤井の横顔。 視力がいいことが自慢らしい藤井の目。くだらないことをいっぱい発する藤井の口。 今は何もついていない真っ暗なテレビ。
「いやいやいやいやいやいやいやいや」
は だけじゃあなくってさあ、ちゃんと答えてくださいよおじょうさん。
「はは」
「いやいやいやいやいやいやいやいや、ははとかじゃなくてさ」
「だって藤井 くだらないことばっか言うんだもん 藤井が悪い」
「なんでよ、俺悪くないじゃん」
「藤井が悪いじゃん 藤井がくれる”いいもん”なんてどうせくだらないフィギアかなんかでしょう」
「ちがうって」

藤井は立ち上がってテレビのリモコンを押した。 画面には、くだらない企画で大盛り上がりしているバラエティ番組がうつっていた。



あゆみ。

藤井はテレビを見たまま。わたしに背を向けたまま。そのままわたしの名を呼んだ。
『沢口』じゃあなかった。聞き間違いでなければ、下の名前だった。


それをごまかすかのように、藤井はテレビの音量を上げた。 耳が痛い。映画館のように、がんがんと笑い声がひびいてくる。

「何。」


もうさあ、そろそろさあ、あのさあ、最近思うんだけどさあ、あのさあ。
「あゆみさあ。そろそろさあ苗字とか変えてくれてもよくない?」


小さい声。藤井らしくない、そわそわした声。どんどん大きくなるテレビの音量。

「ねえ藤井」
「なんだよ」
「わたしが藤井に告白したときよりも、もっともっと藤井は赤くなってるよ」

真っ赤になった藤井の耳。きっと、ここから見えない顔だって真っ赤なんだろう。 背中もなんだか落ち着きがない。

「うるせえなあ」
藤井は小さく、頭をかいて、うつむいた。
「藤井ー、あのねーテレビうるさくってよくわかんなかったよ。 それにねわたし馬鹿だから、あ、藤井も知ってるだろうけど、だからなんか意味わかんなかったよ」

うそですほんとはわかってます。でもしんじられません。だって藤井の好きなタイプはわたしと違う。

「あー…」
べつにたいしたことじゃないけどさ。たださ、もうそろそろさ、いいんじゃないかって思ってさ。 沢口を藤井に変えてくれてもいいんじゃないかって思ってさ。そのほうが俺はいいしさ。 そのほうが安心だしさ いろいろと。どうなの。おいおい、どうなんですか。 さっきみたいに『は』ばっかでごまかすなよ。べつにいいけどさ、いやならいやでいいんだけどさ。 まあつまりその結婚しませんかってことなんですよ これでわかりましたかあゆみさん。

わたしの顔は今きっと藤井より赤い。
藤井は照れてそのままうなだれている。

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結婚ネタが多くて自分が嫌だ。20040115
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