トンネル よっこいしょ、と小さく呟きながらきつめの坂をのぼる。 いつもと同じ道を同じ時間に、ひとりきり。 佐藤くんに、よっこいしょとかよいしょって言うのは老化の証拠だって教えてもらったっけ。 せっせ、せっせと足を進めてわたしは佐藤くんの顔を思い出す。 寂しいな。 なんて、思ったらいけないことなのに、わたしの頭は思おうとした。 知らない知らない、寂しくない寂しくない、はやく家に帰りたい。 必死にぶんぶん手と足を動かして、無かったことにしようとしてみる。 12月の冷たい風がわたしの頬に吹き付けてくる。 耳と指先とほっぺが痛いです、佐藤くん。 「耳当てとか、手袋とか、マフラーとかつけなよ。せめてコートだけでも着よう?」 「どうして?」 「だって、寒いでしょ」 大丈夫、寒くないよ。佐藤くんこそ手袋とかマフラーとかつけないの?そうわたしが言ったら、俺はいいの寒くないから。なんて笑った佐藤くん。 わたしは、ほんとだよ。あのとき、本当に寒くなかったけど、佐藤くんはどうだったかな。 いつもと同じ道。人はめったに見当たらなくて、車も数える程しか通らない道。 おいしそうな食べ物屋さんを通り過ぎたから、やっと半分あたりかな。 寂しくない寂しくない、寒くない寒くない、はやく家に帰りたい。 出来れば、トンネルを通らないで帰りたい。…でも、そんなの無理だって知ってる。 寂しくない寂しくない怖くない怖くない寒くない寒くない、大丈夫、大丈夫。 お昼、岡崎さんに言われたことが頭にぐるぐるぐるぐるまわってる。 佐藤くんは、今ごろどうしてるかなあ。 「ねえ、遠藤さん。あなたジュンと付き合ってんの?」 「え、わ、わたしと佐藤くんは全然、全然そんなことないよ」 「本当?でも、ジュンと帰ってるの見た人いっぱいいるよ?」 「ちが、全然、佐藤くんがわたしのことなんかをかまうわけないよ、偶然だよ」 佐藤くんがわたしなんかをかまうわけない。 口に出してしまったとたん、それはわたしをぐるぐると締め付けた。 ごめんなさい、佐藤くんにとってきっと迷惑。 わたしがそばで歩いてたら、迷惑。岡崎さんみたく勘違うしちゃう人いっぱいいる。 岡崎さん、佐藤くんのこと好きなんだろうなあ。 ジュン、って呼んでた。 わたしの目の前、おっきなトンネルが真っ黒な口を大きく開けている。真っ暗で長い、怖いトンネル。 大丈夫大丈夫。何度も通ってきた道だもん、大丈夫。 いつもは佐藤くんが、いっぱいいっぱい、わたしを怖がらせないように喋っててくれた。 でももうこれからはずっとひとりぼっち。 せーので一歩踏み出さなきゃ。 カチカチに冷たい手でほっぺをぽんと殴る。痛い。 痛くない怖くない寒くない大丈夫。 お昼の岡崎さんの疑うような目、ぐるぐるぐるぐるまわる。 だってごめんなさい、岡崎さんの気持ち知らなくて。 あなたジュンと付き合ってんの?ぐるぐるぐるぐる、離れない。 もう、佐藤くんとおしゃべり出来ない。だって岡崎さんに悪いもん。 岡崎さんの目、――こわかった。 でももっと怖いのは、佐藤くんとおしゃべり出来ないこと。 「俺んちの犬、また太ったんだ」 「うそ。どうして?」 「妹がさ、甘やかして食べ物ばっかやるんだ」 「佐藤くん、嬉しそう」 「え?なんで」 「佐藤くんは、妹さんと犬くんのことが大好きなんだね」 佐藤くんは、照れたように笑って、そのあといっぱいわたしを笑わせてくれた。 あのとき、この長いながーい道のりが、もっともっと長ければいいのにって思ったこと、もうずっとずっと秘密にしてた。きっとこのままずうっと、秘密のまま。 せーの、せーの。 心の中で何度も何度も掛け声を出したけど、進めない。 はやくしないと、寒さで足が固まっちゃうよ!! 家に帰ってゆっくりあったかいお茶を飲んでご飯が食べたいな。 だから、頑張ろう。大丈夫、怖くない、寂しくない、佐藤くんがいなくても寂しくない。 ホントのほんとの本当に、行かなきゃ。 冷たい手のひらで冷たいほっぺをもっかい叩く。ほらもう大丈夫。 「せーの」 声に出して勢いつけて、右足を思いっきり前に出す。 その瞬間。 私の右腕が、ぎゅってなる。 振り向くと、いつもの笑顔の佐藤くんがいた。 「見つけた」 佐藤くんは、ニっと笑ってそう言ったあと、わたしの手、カチコチになった冷たい手をぎゅって握って歩き出した。 さっきまで怖くて怖くて仕方なかったこのトンネルも、佐藤くんがいれば怖くない。 寒くて寒くて仕方なかったのに、佐藤くんがいれば全然平気。 佐藤くん。 「ありがとう」 わたしがいつもより強く、ぎゅって握り返したこと、佐藤くんは気づいてくれたかな。 ------------------------------------fin. トンネル怖がる女の子とかありえなさすぎます!20041114 |
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